月刊 「ガバナンス」  - 分権オピニオン -

05年12月号 地方分権シンカ論30
ローカル・マニフェストで地方政治・行政の変革を

03年春の統一地方選以降、ローカル・マニフェストを掲げて当選する首長が相次ぐ一方、議会や総合計画との関係などが課題として指摘されている。マニフェストは地方政治・行政にどのような影響を及ぼすのだろうか――。

マニフェストには「苦い薬」も

総選挙で与党は本来、前回マニフェストの実績が問われるが、小泉首相は、期待票を集める選挙に変えた。それで圧勝した姿を見た現職首長の中には、自己評価をしないで再選に臨もうとする人がいるかもしれない。それでは、これまでのローカル・マニフェスト型選挙の蓄積が吹き飛ばされるのではないかと心配する向きもいるが、私の認識は異なる。

地方分権は、首長がいわば「営業所長」から「社長・経営者」になること。経営者だからこそ、経営理念や経営方針、さらには達成の手段を発表し、実行していくマニフェスト・サイクルを確立できる。地方分権によって、マニフェストを書くことができるようになってきたことを首長はチャンスととらえるべきだ。

全国各地の首長選を見ていると、現職でも新人候補でも、「あれかこれかの選択」、そしていわゆる「苦い薬」も明確にしたマニフェストを書いたほうが選挙に強い。実際に、ある合併による市長選では、しっかりしたマニフェストを掲げた人口の少ない旧町長が、人口の多い旧市長を破った例がある。有権者の民度が着実に上がってきていることを候補者には理解していただきたい。

現職首長からは、「行政経営の実績があり、行政情報を熟知している現職は、新人候補者のような夢のあるマニフェストを書きにくい」という声もある。確かに、現職が実績で選挙を戦うことは辛いだろうが、それは経営者としては当然の役割ではないだろうか。現在の財政状況で難しければ「不可能」と書いたほうが有権者は選びやすい。新人候補者があまりにも夢物語を書けば、有権者は見抜くはずだ。

マニフェストを進める条件整備

マニフェストは、必要条件ではあるが、必要十分条件ではない。そのため、マニフェスト型政治・行政を進めるためには、さまざまな条件整備が必要になる。たとえば、現職首長に対して「情報公開を重視しているか」と尋ねれば大半は「重視している」と答えるが、本当にそうだろうか。実は仕方なく情報を出していたり、役所のHPは何回もクリックしなければ必要な情報にたどりつけなかったりする。つまり、情報公開の持つ意味が刻々と変化していることも踏まえなければいけない。

首長選におけるローカル・マニフェストは現在、せっかく作成しても公職選挙法に規定されていないため自由に配れない。また、これだけITが発展しているのに、選挙告示(公示)後はHPの更新ができないなど、政策を有権者に伝える条件が整っていない。

公選法の骨格は大正時代につくられた。これをやってはいけないという「べからず集」であり、もちろんITはその概念に入っていなかった。公選法は、まず一部見直しを行い、首長選でも頒布可能にし、続いて抜本改正に着手すべきだ。国会と地方は政治形態が異なる。分権・自立の精神から言えば、国と地方の選挙は、異なる法律で規定して然るべきだと考えている。

総合計画との軋轢を乗り越える

ローカル・マニフェストを導入すると必ず問われるのが総合計画との関係。マニフェストは、新しい価値を主権者と約束することであり、10年間ほどの長期スパンで策定される既存の総合計画と軋轢が生じるのは当然のこと。そこで、抵抗があっても新しい価値をつくり出していくことが、首長の務めではないか。今までは、職員ができる範囲の努力をしてきただけだということに気がつかなければいけない。

また、公務員は基本的にまじめで、遵法精神は高い。今まで首長はスローガン的な、誰からも嫌われないような公約しかしてこなかったので、職員は事実を前提とした積み上げ算式の政策を行ってきた。ところが明確なマニフェストを掲げて当選した首長は、主権者と約束したことを忠実に実行する可能性が高い。

マニフェストの自己評価はもちろん必要だが、自ずと限界がある。外部評価が不可欠であり、その評価に耐え得る組織に変える必要がある。そこで注目されるのがポリティカルアポインティ(政治的任用職)の拡大だ。約束を着実に実行するための人事配置が必須になる。

マニフェストの登場によって、職員の人事評価もマニフェスト型に移行すべきだろう。目標に対してどのような成果を上げたか。評価する側もされる側も明々白々な360度オープンの形で行うべきだ。

自治基本条例の制定を

首長がローカル・マニフェストを実行するには議会の承認が必要なので、あくまでも「条件つき」になるという指摘がある。しかし、同様のことは実は二院制を採用している国会にも言えること。制度は、絶対的なものではない。

もちろん首長候補者は慎重にマニフェストを書く必要がある。同時に私は、議会に納得してもらうだけの高い志を持ち、マニフェストを実行に移すべきだと考えている。実行に当たっては、議会と徹底的にディベートやダイアローグを行う。マニフェストが登場したことで、いくつかの自治体で当選した首長・議会間の論争が起きている。そのことは主権者にとっては喜ばしいことだ。

首長がマニフェストを書けば、議会はレゾンデートル(存在意義)が問われる。議会もポスト獲得のための会派ではなく、政策による会派構成に進化していくべき。首長とは別の角度から必要な政策は議員提案条例で対抗していくなど、議員は主権者から選ばれた代表であることを強く意識してもらいたい。

民主主義は多数決原理であり、迎合主義、ポピュリズムに陥る可能性がある。マニフェストも実は同様の性質がある。

したがって、私は数年間かけても、地域のまちづくりの憲法である「自治基本条例」を制定すべきだと考えている。同条例をベースとして、各種のマニフェストを候補者が示していくことが最も理想的だろう。

自治基本条例をつくる過程では、住民も議会も参画し、それぞれの権利とともに義務も議論し、個人とまち全体の関係を整理する。そのような議論の中から、新しいガバナンスの概念を創り出していくことも分権時代には求められる。

(構成/本誌・千葉茂明)

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