月刊 「ガバナンス」  - 分権オピニオン -

05年11月号 地方分権シンカ論29
マニフェストは地方分権を促進させる

9月11日に投開票された総選挙は、2回目のマニフェスト選挙となったが、そもそも日本におけるマニフェストは03年春の統一地方選が嚆矢。なぜマニフェスト運動が地方から始まり、国政を動かすことができたのか??

マニフェストを提唱した理由

今回の総選挙は2回目のマニフェスト選挙となった。03年1月、三重県四日市市で開かれたシンポジウムで私は、マニフェストの導入を同席した知事の皆さんに提唱したが、わずか2年半余りでかなり定着してきた感がある。

知事時代の02年4月、三重県では、政策推進システムと行政経営品質向上活動を二大戦略に掲げ、エクセレント・ガバメント(卓越した自治体)をめざすことにした。95年の最初の知事選立候補の記者会見で、「公の権力の座は2期8年が一番適当」と公約に近い形で宣言したこと、そして不十分ながらも二大戦略を導入したことで、どなたが知事に就任してもそれほど後退することはないだろうという思いから知事3選不出馬の決意が固まっていった。

行政は、前例や法令など事実を前提にして運営されてきたが、価値を前提にした経営にしなければいけないという考え方から政策推進システムは構築された。96年度から三重県では事務事業評価システムに取り組んだが、最も細かな事務事業の妥当性は、その上位概念の理念や政策に基づくものなので本来的に無理があった。価値を追求していくと、選挙で県民から選ばれたトップの理念に行き着く。では、いままでの首長候補者の選挙公約は新しい価値や理念を提唱してきたのだろうか。

私は衆議院議員時代から政治改革に取り組んできたが、選挙文化を変えることによって一点突破・全面展開ができるのではないか。その有効な手段、道具にマニフェストはなりうると思った。

マニフェストという言葉自体は、イギリスの選挙などを通じて衆議院議員時代から知っていた。しかし、それは言葉として知っていただけで、三重県で政策推進システムを構築していく過程を通じて必要性を痛感するようになった。政策推進システムは、総合計画「三重のくにづくり宣言」の政策体系を価値前提として、施策や基本事業、事務事業が決められる。ある意味でマニフェスト・サイクルに近いものだが、選挙においてマニフェストを掲げることで、政治主導のマニフェスト・サイクルが確立できることになる。

あえて数値目標などを強調

行政評価にしてもマニフェストにしても学者の世界では知られていたが、誰も具体化しなかった。私は、理論的には多少不十分であってもまず実践し、いかに具体に落とし込むかを重視した。実践すれば、後から理論はついてくる。そのことは長い政治家としての体験から体得したものだった。

マニフェストは本来、ビジョンや将来像をどのように描くかが最も大事。なぜならビジョンに基づいて、政策体系が導かれるからだ。しかし、03年にマニフェストを提唱したときは意識的に「事後検証が可能なこと」、そして「数値目標、期限、財源、工程表」が必要だと強調した。それは、従来の曖昧な公約とは全く異なるものであることに気づいてもらうためだった。従来も「こういうまちにしたい」という公約を候補者は書いてきた。しかし、それは必ず到達すべき目標ではなく、単なる願望の羅列。それと混同されては、インパクトがないと考えた。

地方のサクセス・ストーリーで国政を動かす

マニフェストは本来、国政レベルの政党が作成するものだが、いきなり国会を動かすことは経験上難しいことも分かっていた。それよりも実質的に大統領制に近い首長選で、志の高い候補者に導入してもらう。そのサクセス・ストーリーをもって、国会議員や政党に突きつければ国政も動かざるを得ないと考えた。

志の高い知事たちは、呼びかければマニフェストを書くという確信を持っていた。それは私自身が知事だったからよく分かる。首長ならば、選挙後に、「実は財政状況が厳しくてあなたの団体には補助金が出せません」とは絶対に言いたくない。それよりも、選挙前にできないことは「できない」と言いたいからだ。

地縁・血縁から政策中心の選挙へ

93年〜94年の政治改革運動は国が中心だった。今回のマニフェスト運動は、知事や市町村長など地方から始まり、国政に影響を与えた意味は大きい。

統一地方選で、多くの候補者がマニフェストを作成したことが中央政党を動かし、同年秋に行われた衆議院選挙が「マニフェスト選挙」となり、暮れにはマニフェストという政治用語が流行語大賞に選ばれた。これを一過性の流行語に終わらせることなく定着させていくためには、理解者や実践者をさらに広げ、進化させていく必要がある。

そのため04年5月にはまず、21世紀臨調が主催して政党のマニフェスト検証大会を開き、秋には早稲田大学マニフェスト研究所が主催して、知事や市長のマニフェスト検証大会を開いた。今年2月には、マニフェストを推進する首長連盟と、市民や学者らによるマニフェスト推進ネットワークが結成され、5月には地方議員によるマニフェスト推進議員連盟が発足した。さまざまな立場の人たちが草の根でマニフェストを推進していくことによって、日本の選挙風土、政治風土を変革していきたい。

ある知事は「財源を国に握られているため、マニフェストを書けない」と話した。それなら思い切って地方側から補助金の削減を提言しようという動きになり、そのことが現在の三位一体改革につながってきた。マニフェストは、地方分権を進める起爆剤になる。

国政レベルでマニフェストが定着してきた背景には、4回目となった小選挙区制はもちろんだが、青年会議所などが中心となりマニフェスト型公開討論会が開催されるようになったことも挙げられる。昨年から今年にかけて市町村合併により、数多くの首長選が行われている。内容は十分ではないもののマニフェストを掲げる候補者が格段に増え、従来の地縁・血縁中心の選挙に比べればはるかに政策中心の選挙にシフトしてきた。その実績が今回の総選挙にも影響を与えたと見ている。

政策の是非を問う形となった総選挙が、今度はいい意味で地方に好影響を与えることを期待したい。国と地方の相乗効果で、政策中心の選挙を日本に定着させていきたい。

(構成/本誌・千葉茂明)

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