月刊 「ガバナンス」  - 分権オピニオン -

05年09月号 地方分権シンカ論27
小選挙区制で、政権交代可能なシステムを

ITで統治形態が変わる

私は衆議院議員時代の80年代後半から、国の統治形態に疑問を抱くようになり政治改革運動に力を注いできた。当時、リエンジニアリングの思想が日本に入った。ITによって、ピラミッド型のヒエラルキーが崩壊し、横断的なネットワーク型の組織体になっていくという考え方が自分の中にインプットされていた。

政治的な立場でいうと、ゼネコン汚職やリクルート事件などによって政治不信が限りなく高まる中、政治改革運動の中心の渦に巻き込まれたという言い方もできるだろうし、強い意志で政治改革を推し進めようという思いもあった。

別の角度でいえば、やはり85年のプラザ合意の影響が大きかった。円高が一気に進み、ドル79円までいった。そして、ベルリンの壁の崩壊(89年)、ソビエト連邦解体(91年)という大激動があった。今年7月に発生したロンドン同時多発テロ、中国の人民元切り上げは、ある意味で当時の状況に似ている。ITによってBPR(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)が起こり始め、従来の統治形態では通用しないという状況が繰り返されているとの見方もできるのではないか。

タックス・ペイヤーにこそ説明責任を果たす

95年に三重県知事に就任し、職員と議論する中から、「生活者起点」という言葉を職員が見つけてくれた。「生活者起点」が知事時代の私のキーコンセプトになったが、この言葉は相当、革命的な思想だと思っている。いままでの政治・行政は誰を相手に行い、誰に対して説明責任を果たしてきたか。相手にしてきたのは、タックス・イーター、あるいは集めた税を山分けしようという人たちであり、関連団体や自分の支援団体にどのように説明責任を果たしていくのかが重要だった。

それに対して、生活者起点は、タックス・ペイヤーに説明責任を果たす。タックス・ペイヤーは納税者と訳すが、本来は「納める」ではなく「支払い」。

ただ、高齢者や子どもたち、あるいは納税の意志はありながらも、さまざまな理由から払えない人たちがいる。そこで、そのような人々を総称して「生活者」という言葉をつくっていった。

政治・行政は、タックス・イーターではなく、タックス・ペイヤーにこそ説明責任を果たすべきだとなったとき、立ち位置が180度変わる。生産者よりも消費者、あるいは、権力の供給側から、需要者側を起点とする。

首長選挙の公約も、従来は自分の後援者や支持団体に向けて行われてきた。有権者に嫌われるような苦い薬、住民の権利に制限を加えるようなことはほとんど言ってこなかった。
要するに、パトロン(庇護者)とクライアント(顧客)の関係である。政治学で恩顧主義(クラインテリズム)、パターナリズムと呼ばれるが、右肩上がりの「分配民主主義」の中で、これを見事に体現してきたのが自民党だった。

プラザ合意の85年あたりまでは、政官財が護送船団方式でサプライサイドを強化する仕組みはあってしかるべきだったと思う。しかし、物が充足し、社会が成熟化し、IT革命が進むとどうなるのか。

ITはリアルタイム(同時)でインタラクティブ(双方向)の性格を持つ。民の意志を反映して、先送りせずにどんどん決めていく政治体系をつくらなければいけない。IT革命によって社会を構成する前提が変わっている。それに対応できる組織体をつくり上げた国家が、21世紀の世界をリードするのではないか。

パターナリズムからの脱却を

89年の自民党政治改革大綱が実は政治改革の原点であり、このときに選挙制度とともに地方分権をいち早く柱として打ち出している。中央と地方の関係もパターナリズムだった。補助金や地方交付税をもらう一方で、国会議員や国の言うことを聞く。そこで陳情や官官接待などが行われる土壌が生まれていった。

このパターナリズムから脱却するにはまず、システムを変える必要がある。そして、国会議員は、ルールをつくる役割に収斂しなければいけない。ルールとは法律のこと。つまり国会議員はロー・メーカーになるべきだというのが、私の基本的な考え方だ。そのためには、「自分に票を持ってきたら、この予算をあなたたちにあげますよ」といった地域との関係を断ち切ることが求められる。

ロー・メーカーとして制度を変え、その制度に基づいて、官僚が最小の費用で最大の効果が上げられる行政サービスを行う。この良循環を起こすことが政治主導だろう。

選挙文化が変われば政治文化も変わる

94年に成立した政治改革関連法案によって、衆議院議員選挙に小選挙区比例代表並立制が導入され、96年、00年、03年と3度の総選挙を経て、二大政党化の流れが定着してきた。9月11日の総選挙が4回目となるが、その流れは後戻りすることはないだろう。

振り返ると、中選挙区制を小選挙区制に変えたことが現在の二大政党化の大きな要因になっている。

社会学、政治学の世界は社会の変化に影響されることが多いが、それでも私は、当時から今日の二大政党化の流れは、かなりの確率で予想できていた。

「政治改革を選挙制度改革に矮小化した」とかなり批判も受けたが、そもそも政治は、政治家の選び方を変えれば変わっていくという確信があった。

いま私が力を注いでいるマニフェスト運動も同様の思いが非常に強い。選挙文化が変われば政治文化が変わるからだ。

小選挙区制と同時に、政党名を書く比例代表制も導入された。異論もあるだろうが、私は小選挙区比例代表制論者で、現在の並立制は制度を変えていくための中間段階だととらえている。候補者の固有名詞があるから、いわゆる地縁・血縁が関係する。そうではなく、政策で選ぶとなれば、本来は政党で選ぶ。つまりマニフェスト運動は、政党政治を復権させる運動でもある。

政治改革運動の中で、大きな目標の一つは、政権交代可能なシステムをつくることだった。同じ政党内で、擬似交代が行われても、パラダイムシフトは起きない。

(構成/本誌・千葉茂明)

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