月刊 「ガバナンス」  - 分権オピニオン -

05年08月号 地方分権シンカ論26
二元代表制を踏まえ、地方政治・行政の活性化を

地方分権一括法が施行され、首長はいわば国の“営業所長”から地域の経営者となった。とはいえ、地方政治・行政に対する住民の関心はまだまだ低い。二元代表制を踏まえ、首長・議会は地方政治・行政を活性化させ、住民の信頼性を高めていくべきだろう。

首長は地域の経営者

私は1983年から連続4期衆議院議員を務めたが、その間に、第2次臨時行政調査会、臨時行政改革審議会、地方制度調査会の答申などで地方分権の必要性がうたわれ、93年6月には衆・参両議院で「地方分権の推進に関する決議」が全会一致で採択された。

決議は憲政史上初めて、両院が一致して地方分権の推進を求めた画期的なものだった。これを受けて、95年2月28日に「地方分権推進法案」が閣議決定され、国会に提出された。同法案が可決・成立したのは同年5月15日。このように地方分権の流れが加速する中で、私は95年4月、三重県知事に就任した。国会議員として地方分権の必要性を肌で感じていたので、知事に就任したときには、地方分権を進める絶好のチャンスだと思った。

その後、地方分権推進委員会の4次にわたる勧告を経て、地方分権一括法が2000年4月に施行された。地方分権一括法では、機関委任事務が廃止され、国と地方は上下主従から対等協力の関係になった。

地方分権一括法の施行によって、自治体の首長はいわば国の怏c業所長揩ゥら、地域の経営者になったと私は受け止めている。

子どもの頃からまちづくりの意識の醸成を

志が高く、確固たる経営理念を持つ首長が徐々に増えつつあるのは喜ばしいことだが、一方で選挙の投票率はなかなか上がらず、地方政治・行政に対する住民の関心もまだまだ低いのが現状である。

住民の関心を高めるにはどのようにしたらよいだろうか。たとえば選挙権年齢は現在20歳以上となっているが、私は18歳以上に引き下げるべきだと考えている。「いまは20歳でも頼りない者が多いのに、18歳に引き下げるのはいかがなものか」と言われそうだが、それ自体が既成の発想だろう。

子どもの頃から、自分たちのまちは自分たちでつくっていくという意識を醸成することが大事。まちづくりの代弁者を選ぶ行為が選挙であり、権利だが義務でもあるというくらい学校教育の場で選挙の重要性を徹底的に教えてほしい。そしてディベートや模擬議会を授業に取り入れ、高校・大学では政治家のインターンシップを導入することも提唱したい。規制中心の現在の公職選挙法も、政策中心の選挙ができるよう改正していくべきだと考えている。

いままでは、誰が首長に就いてもそれほど地方政治・行政は変わりがなかった。国が政策を立案し、補助金の枠まで決めてきたからだが、首長が経営者になれば、その力量次第で地域は大きく変わる。違いが明確になっていけば、地方の首長・議会議員選挙はエキサイティングなものになっていくと確信している。

議会の仕事はルールをつくること

議院内閣制の国会と異なり、地方は首長・議員双方が有権者から直接選ばれる二元代表制を採用している。その一方である議会の最も大事な仕事は何か。 政治活動と称して口利きして、地元に予算を配ることでは断じてない。立法機関として、自治体のルールをつくること、すなわち条例を制定することではないか。三重県議会をはじめ地方分権一括法の施行前後から、議員提案による政策的な条例制定が増えてきたが、この動きを全国に広めていくべきだろう。

また、ポリティカル・アポインティ(政治的任用職)の導入も必要だと考えている。行政の仕組みは非常に複雑なので、民間からいきなり首長に就任しても、役人に懐柔されることがある。そうならないためには、新首長が10人程度のポリティカル・アポインティを登用できるような制度を整えるべき。候補者が明確なマニフェストを示し、当選後は主要なポストに志を同じくする者を政治的任用職として就けることでマニフェストの実効性は高まっていく。

さらに、官民交流人事を促し、従来の権力を背景にしたガバメントから、合意・コラボレーションを背景にしたガバナンス(共治)を行っていく必要がある。その過程では、ハレーションを起こして消え去ることもあり得るだろうが、できるだけ多くの仲間を募り、新しい価値を創り出すことが地方政治家の仕事ではないだろうか。

修正・否決は職員を鍛える

首長が提案した特別職の人事案が議会によって不承認されたり、予算案や条例案が否決されるケースがある。これまで多くの自治体では、執行部と議会は馴れ合いで、否決などは原則的になかった。否決され始めたのは、そこに政治が始まったとも言える。しかし、そこには理にかなった政策論議が必要であり、単に自分たちが推した候補者ではなかったといった選挙の恨みだけでの行動ならば、その議会はいずれ自滅していくのではないか。

私は知事時代、議会によって96年12月に95年度企業会計決算が不認定となり、97年3月には95年度決算の不認定、99年12月と00年12月にも一般会計決算が不認定となった。それまでは決算を軽く考えていたが、私が予算主義から決算主義と言ってきたところ、議会では予算と決算を合わせた予算決算特別委員会を設置して審議するようになった。

議案が修正・否決され始めたならば、執行部としては、さらに説明を尽くし、理解を得られるような議案にして議会に再提案する。そのことを通して執行部の職員も鍛えられる。執行部提案の議案が否決されたときには辛いこともあったが、緊張感のある二元代表制が動き始めたとも思った。

もちろん執行部は最善のものを提案するよう努めることは当然だが、思い違いもあれば状況の変化もある。また、視点を変えれば直すべき点はいくらでもある。それを指摘せず、黙って通すならば議会の意味はないのではないか。

議会に対してしっかり説明するという姿勢をトップが示せば、職員のビヘイビア(行動様式)も変わる。政策立案過程や予算・決算に対する考え方が厳しくなり、成果指標(アウトカム)志向が強まっていく。

執行部だけではなく、議会も監査事務局も変わり、やがてはバイ・ザ・ピープルで主権者である県民が参画し、チェックすることになっていけば、地方政治・行政に対する住民の信頼性も高まっていくのではないか。

(構成/本誌・千葉茂明)

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