月刊 「ガバナンス」  - 分権オピニオン -

05年07月号 地方分権シンカ論25
分権一括法、マニフェストで全国知事会も変革

47都道府県の知事で構成する全国知事会は、「闘う知事会」をスローガンに掲げてから、存在感が一気に高まった。特に、全会一致から多数決を採用したことによって改革が進んできた。補助金を返還し、税財源の移譲を進めなければ、真の分権社会はいつまでたっても訪れない。

全会一致は談合に等しい

知事に就任してまだ間もない頃、ある大物知事に「予算と定数、つまり人を与えなければ役人なんて動かないよ」と説教されたことがある。そのとき私は「それなら知事なんて要らないじゃないか。予算・定数を最小限にして、最大の効果を上げるのがトップリーダーである知事の役割ではないか」と思った。それほど当時は、国の下請け機関的な意識が知事の間にも強かった。

98年に、数人の知事で「地域から変わる日本」推進会議(現「地域自立戦略会議」)を発足させ、地域からの改革を言い始めたが、最初は異端だった。だが、自分たちの地域は自分たちでつくっていく、各県ごとに特徴を出していくべきだという強い覚悟とプライドがあった。それが少しずつ理解され、改革志向の知事も増えていった。

私は03年4月に知事を辞めたが、同年7月に土屋義彦会長が辞任、9月の後任知事会長には初めて公選で梶原拓・岐阜県知事(当時)が就任した。梶原会長は「闘う知事会」をスローガンに掲げ、地方側から補助金削減を提言し、三位一体改革を強力に進めていった。私の知事時代は、改革を行うためのいわば土壌づくりだったといえる。

梶原会長は、知事会に多数決のルールを持ち込んだ。私はこの点を非常に高く評価したい。最も問題が生じない低レベルに合わせることは、実は何も変わらないこと。つまり、全会一致で物事を決めるのは談合に等しいことだからである。

マニフェストを書けない知事

03年1月に三重県四日市で行われたシンポジウムで私は、同席した知事のみなさんに、来るべき統一地方選で「マニフェストを書いてほしい」と要請した。ところが何人かの知事候補は「書けない」と話した。なぜかと尋ねると、「国に財源が握られているため、期限や数値を示しては無責任になる」とまじめに言う。

選挙で選ばれた知事や市町村長が自己決定・自己責任できないのが地方自治体の現実。それでは首長に仕えている320万人の公務員が達成感を得られるわけがない。そのことに気づいたことが、三位一体改革における地方側からの補助金返還運動につながっていった。

まず行動したのは、21世紀臨調に参加する6人の知事だった。464件、11兆4269億円(国予算ベース)の国庫補助負担金を調査し、03年8月に、8兆9214億円の廃止を提言した。それを一つのベースとして、梶原会長は「総額9〜10兆円の補助金を廃止し、8〜9兆円を地方に税源移譲すべき」とする私案を発表、補助金削減の流れをつくっていった。誰かが「カナリア知事」となって突破口を開くことで物事は進んでいく。

以前ならば、国からの意趣返しを知事側が恐れたものだが、このときは、知事たちの志が高かった。従来は、国から補助金を獲得したりすることをもって、名知事や名首長と言われてきた。それが補助金返還を求めるのだから時代を画するエポックメーキングな出来事だった。

なぜできたか。一つは地方分権一括法で、国と地方が対等・協力の関係に位置づけられたこと。もう一つは03年4月の統一地方選でマニフェストを書いた知事たちが集まって議論したこと。つまり、補助金を国に返還し、税財源を移譲させなければマニフェストを書くことができないという現実が、大胆な行動のバネとなったととらえている。

昨年は国から補助金の削減案をつくるよう求められ、8月の知事会議で、補助金削減の知事会案を大激論の末にまとめ、国に突きつけた。その後、「国と地方の協議の場」を設置した意義は非常に大きい。真の意味で国と対等・協力の関係を築くためにも、この場を法制化するよう取り組んでもらいたい。

地域の総和で国を変える

梶原会長の辞任に伴い、今年2月には新会長を選ぶ選挙があった。初めての選挙となったが、複数の立候補者が現れ、選挙になったことは高く評価したい。しかも、候補者が互いに政策を主張して投票で決めた。そして選挙のしこりは残さない。そのような文化が今回の知事会長選を通して生まれたことは画期的。できれば明確なマニフェストを掲げ、公開討論会を開いて決めてほしかったが、それらは今後に期待したい。

新会長に選ばれた麻生渡・福岡県知事には、地方の立場から堂々と発言してほしい。同時に、地域自らがエクセレントになり、その総和で国が変えるという志を持ち、勇気ある行動をしてほしい。

「地方政府」の確立へ

全国知事会のほか全国市長会や全国町村会も三位一体改革でだいぶ変わってきた。権限移譲はこれまで国から県のものが中心だが、今後は県から市町村への移譲を拡大すべき。そのためには住民とのコラボレーションで住民自治を確立していくことが必要になる。いまや公共サービスの担い手は行政だけではなく、多様な主体が担っていく時代である。

これからは、新しい価値を創造できる自治体こそが、活性化され元気になってくる。補助金に頼ったり、法律の解釈や制度を国に頼るのではなく、自分たちで考え、結論を出し、責任を持つ。先手を打って、徹底して自立する地域づくりに取り組む首長こそが名首長と呼ばれるのではないか。

議長会も変化が求められる。中央集権体制の中で、多くの議会では首長と一緒に国に予算や補助金を要請に行った。そして議会は首長追認型になっていた。

分権一括法の施行で首長は経営者になった。経営していくには、ビジョンを示し、政策の実現に向けた工程表を明確に示さなければならない。それがマニフェスト。マニフェストは、住民と直接約束を交わすわけであり、その結果、議会のレゾンデートルが問われることになる。

首長選でローカル・マニフェストの導入が進むと、議会ではローカル・パーティーの動きが加速すると考えている。政治・行政が分権化されていく中、政党だけが中央集権的な組織では地方分権は完成しない。

自分たちのまちは自分たちでつくろうと本気で考えれば、議員提案条例が生まれる。議会が立法府としての機能を名実共に兼ね備えたときに、初めて「地方政府」と言えるのではないだろうか。

(構成/本誌・千葉茂明)

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