月刊 「ガバナンス」  - 分権オピニオン -

05年03月号 地方分権シンカ論21
構造改革特区の活用で、「自己決定・自己責任」の地域に

三重県と四日市市、四日市港管理組合は2002年8月、国の構造改革特区の第1次募集に提案し、翌03年4月に第1次認定を受けた。官民協働の下地があったこと、そして地域の熱意が第1次認定を可能にした

特区は「自己決定・自己責任」を学ぶチャンス

政府の経済財政諮問会議が構造改革特区構想を発表したのは02年5月のことだった。私は、地方からの提案によって全国一律で画一的な規制を打破できるチャンスだと即座に思った。そこで担当者に「自己決定・自己責任を学ぶよい機会なので全力で取り組むように。責任は私が取る」と指示をした。

企業誘致のときは熱心だが、その後は企業と疎遠になる自治体が多い。企業側も県より国の各省の方に目が行きがちだった。私はそれではいけないと、県と企業のみなさんが話し合う機会を設けた。

そのなかで問題点を整理していくうちに、たとえば企業側から、「県との打ち合わせが必要な場合にその都度、県庁に行くのは非効率だ」という声が出てきた。それならば近くにある県の地域機関でできるようにしようと、実際にできるようにした。そうした小さなことの積み重ねで互いの信頼感が増してきた時期だった。

また、01年に産業廃棄物税の条例案を検討したときには、主たる納税義務者となる排出事業者のみなさんと県は徹底的に議論し、企業の側から「不景気のときに新税は認めがたいし、納得したとは言い難い。しかし、好きにしろ」という言葉が出てきた。県と企業が胸襟を開いて話し合ったことで、官民協働の関係が構築されてきた。

地域からの提案で国の規制を緩和

何を提案するか議論していたとき、四日市市から臨海部工業地帯の再生をテーマに検討したいという申し出が県にあった。四日市市が主導して01年5月から「再生プログラム検討会」が設置され、規制改革や地域での取り組みの方向性などについて議論やニーズの蓄積があった。そこで県では02年7月上旬、民間3人、県職員9人、四日市市職員4人(うち1人は消防本部職員)、四日市港管理組合職員1人の計17人で「特区推進プロジェクトチーム」を設置することにした。

プロジェクトチームの設置から第1次募集の締め切りまでは2か月もなかった。仕事のやり方や考え方が異なるメンバーが一つのことをまとめ上げるのは大変なこと。だいぶ苦労したようだが、メンバーが非常に頑張ってくれたおかげで8月末の第1次募集に「技術集積活用型産業再生特区」を提案することができた。

提案は四日市市、川越町、楠町の全域を範囲としたもので、高付加価値型や次世代産業への展開を加速させ、国際競争力のある産業集積地として再生させることを目的とした。具体的には7項目の規制緩和を求め、結果的に、「石油コンビナート施設のレイアウト規制の緩和」「臨時開庁手数料の軽減」「税関の執務時間外における通関体制の整備」「家庭用燃料電池の一般用電気工作物への位置付け」の4項目が「特区において実施可能」、「製造現場への労働者派遣」は「全国において実施」とされ、非常に良い結果を得ることができた。

四日市では昭和30年代から石油精製・石油化学産業が集積し、全国で最初にできた石油化学コンビナートを擁する。科学技術が格段に進歩したにもかかわらず、旧態依然とした規制や法律があり、現場では何とか現状を打開したいという熱い思いを持っていた。

従来は法律や規制の枠組みの中でどうするかを考えた。ところが特区では、現場の実情に合わないのならば法律や規制を変えていこうという発想になる。それも県だけでなく市町村も民間も一緒に議論し、提案する。これは画期的な制度だと思った。

三重県などの提案は短期間でまとめたものだったが、関係者から熟度が高いと評され、結果的に第1号の認定になった。それは官民協働の下地に加え、地域が自立してまちづくりをしていこうという強い意思があったからだと思っている。

ウィルとシステム

02年2月にシャープの誘致を発表し、15年分割で90億円の補助金を支出することを決めた。このときは大きな決断が必要だったが、同じように四日市の臨海部工業地帯は基礎素材型から高付加価値素材産業(電気・電子、自動車、液晶、メディカル関連産業に対するファインケミカルなど)へ大きく脱皮しようとしていた。産業廃棄物税もシャープの液晶ディスプレイ生産工場の誘致も特区提案に何らかの形でリンクしている。さまざまなことがリンクして、地域経営は進んでいくと考えている。

特区提案してもすべてが認定されるわけではない。だが、それまでは所管省庁に直接要望しなければならなかった。実際には、補助金を受けている省庁に地方はものをいいにくいし、省庁も1自治体の要望に規制緩和を行おうとは思わない。

特区制度によって、内閣府に構造改革特区推進室ができ、間に立って規制所管省庁に照会してくれることになった。自治体にとっては特区推進室という第三者的な窓口ができた意味は大きい。物事を進めるにはウィル(意志)が大事だが、同時に実現するにはシステムをつくることも必要だと改めて思っている。

失敗を恐れず、「だからこそやる」文化に

知事退任後、私は03年7月に構造改革特区評価委員会の委員に就任し、エネルギー・安全部会の部会長を務めている。各省庁の対応も数年前と比べると変わってきたが、まだまだガードが堅いところがある。特区で認められ、特段に問題が生じていないものは速やかに全国規模の緩和につなげていきたい。

国に嫌われるようなことでも、地方からどんどん提案し、国も真剣に対応せざるを得ない時代になってきた。三位一体改革、規制緩和の歯車は動き出し、その流れは加速することこそあれ、もうバックすることはない。

もたれ合い型で、他に責任転嫁できたのが中央集権。なにも国だけが悪いわけではなく、地方にも責任がある。地方分権と同様に、特区も実は地域にとってはつらいこと。しかし、自己決定・自己責任で地域経営する新しいガバナンスの萌芽となる。

失敗を恐れ、現状の手直し程度で済ませてきたのがこれまでの役所の文化だった。特区は新しい試みで、失敗する可能性がある。「だからやらない」ではなく、「だからこそがんばる」という文化に変えていかなければいけない。

(構成/本誌・千葉茂明)

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