月刊 「ガバナンス」  - 分権オピニオン -

05年02月号 地方分権シンカ論20
教育分野もウィンウィンの関係を

三重県では1999年3月に「三重県教育振興ビジョン」を策定した。数値目標を掲げ、「学習者起点の教育」を推進することで教職員の意識改革を図ってきた。教育の分野でも互いに対立するのではなく、「ウィンウィンの関係」(相互に利益がある関係)を築いていくことが求められるのではないだろうか。

教育ビジョンで数値目標

私は「生活者起点」を理念に掲げて県政改革に取り組んだが、県の教育委員会や教職員組合、学校を見ると、教育改革といってもサプライサイド(供給者側)の論理、つまり、「学校の先生による、学校の先生のための改革」のように感じた。そこで、児童・生徒、保護者、地域の立場からどのように教育改革を進めていくかを考えてほしいと、教育長に要請した。

三重県で新しい総合計画「三重のくにづくり宣言」を策定したのは97年11月だが、県教育委員会が「三重県教育振興ビジョン」を策定したのは99年3月。私自身は同時に策定したかったが、知事が直接、教育行政に携われないため、1年以上遅れてしまったのは残念だった。

教育振興ビジョン(99〜2010年度)では、「学習者起点の教育」を推進し、「豊かな心を育む人づくり」「個性と創造力を育む人づくり」「意欲と活力を育む人づくり」の三つの基本目標を掲げ、教職員をはじめとする教育関係者の意識改革を進めていった。施策体系に沿って、数値目標を明示したのは「くにづくり宣言」にならうもの。第1次推進計画(99〜01年度)に続く第2次推進計画(02〜04年度)では、「くにづくり宣言」の第2次実施計画との整合性を図ったものとなった。

教育行政もマネジメントを

私は、内発的な気づきを重視していたが、学校の教師はややもすると教育委員会や文部科学省など狭い世界でものを考えがち。そこで県教育総合センターの機能を見直し、教職員の研修を充実・強化させていった。

知事部局の改革が職員の意識改革から始まり、システム改革にバージョンアップを図ったように、教職員もIT革命で社会を構成する所与の条件が変わっていることに気づき、自らが変わっていくことを重視した。知事部局とは異なりストレートに私の考えを施策化するのは難しかったが、交流人事を通して、教育委員会事務局でもマネジメントの考え方が浸透していった。教育長をはじめとする率先実行取組や社会教育団体への補助金の公募制、県立学校におけるISO14001の認証取得、ファシリティマネジメント、学校における経営品質の導入などが進んでいった。教育関係者の間でも揺らぎが起き、改革が進んできたと思っている。

教育振興ビジョンで、数値目標を明記したのは画期的なことだった。学校現場や教育委員会に大きな影響を与えたと思う。

知事部局でも当初は評価に対する反発が強かった。ましてや学校現場では「学級王国」という言葉があったほど評価に対する教師のアレルギーは強かった。サービスの受け手に立った数値目標を掲げ、それを達成することによって、教育成果を上げていこうという取り組みは三重県がかなり早かったのではないか。

環境教育を充実

私は文部政務次官のときに、文部省(当時)と環境庁(同)の合同会議を定期的に開き、環境に関する教科書の内容を検討するなど環境教育の充実に取り組んだ。環境問題は根源的には人間の生存権に関わる問題であり、子どもの頃から学んでいく必要があると考えていたからで、三重県でも環境教育の充実には力を注いできた。

95年度から環境庁が「こどもエコクラブ」という、小中学生が地域で環境学習や実践活動を支援するクラブを始めたが、三重県では子どもたちの参加を積極的に呼びかけ、01年度には会員数及び人口100万人当たりの会員数で全国一となった。子どもたちが環境問題に関心を持つようになると当然、保護者にも広がっていく。このような一見地味な取り組みが地域を変えていくと思っている。

環境教育の問題もそうだが、社会教育、スポーツ、文化行政などは教育委員会だけでは広がりを持てない。「こどもエコクラブ」は環境部が中心になったし、熊野古道の世界遺産登録をめざす運動も全県挙げて取り組んだからこそ盛り上がっていった。

責任と権限の一致

議会で学校教育のあり方について質問されると、「教育行政の所管は教育委員会なので答弁は教育長」となる。教育予算の提案権も教育委員の任命権も知事にあるが、政治的中立性の観点から教育委員会が設けられ、教育行政の責任者は教育長となる。民主主義の観点から責任と権限がねじれていることは本来おかしい。

首長部局が直接教育行政を担い、仮に教育予算を削るようならば、その首長は落選するという形にすればいい。選挙で選ばれた知事が全責任を負えば、このようなねじれは生じない。政治的中立性をはじめ議論が必要だが、教育行政の統治形態を真剣に議論しなければ、抜本的な教育改革はできないのではないだろうか。

また、市町村立の公立小中学校の教職員の人事権は県教育委員会にある。そのことに不満がある市町村長も多い。首長部局と教育委員会の関係とともに、県の教育委員会と市町村の教育委員会の関係も大きな課題だろう。

開かれた学校づくりに向け、文部科学省が学校評議員制度を進めているのは一つの進歩だと思うが、情報非公開の文化を引きずりながら導入すると、保護者や地域住民から苦情が相次ぐ。学校も、プライバシーに最大限配慮しながら地域にどんどん情報をオープンにしていくことが求められる。

情報公開を進めると学校の問題点がさらけ出されるが、一方で保護者や地域のエゴも浮き彫りになる。さらけ出すことで軋轢が生じるかもしれないが、そこを乗り越えると協働作業ができるようになる。地域の人材を学校に招いて授業を行ってもいいし、学校の教師が地域に出向いて子どものしつけなどを教えてもいい。また、地域や保護者の本音の声を聞くことで、教師は授業の方針も立てやすくなるのではないか。

民間企業でも最近は都合の悪い情報も全部さらけ出し、顧客本位の経営を進めようという動きが出てきている。教育の世界でも互いに対立するのではなくWIN-WIN(ウィンウィン)の関係(相互に利益がある関係)を築いていく必要がある。つまり子どもも保護者も地域も学校の先生も良しという関係をつくっていくことが求められる。

(構成/本誌・千葉茂明)

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