月刊 「ガバナンス」  - 分権オピニオン -

04年11月号 地方分権シンカ論17
健康政策こそ総合行政の最たるものに

三重県は2001年3月、健康づくりの総合計画である「ヘルシーピープルみえ・21」を策定、翌02年4月には全国初の健康づくり推進条例を施行した。タテ割り・補助金行政が支配的だった健康福祉部は、ベンチマーキングによって総合行政への意識が高い部署に進化していった。

生活習慣病予防策でベンチマーキング

1998年当時、三重県の県土整備部では道路整備十箇年戦略の策定や公共事業評価システムを、生活部ではオフサイトミーティングやファシリティーマネジメントの導入に取り組むなど各部で独自の動きが出始めていた。その流れの中で、健康福祉部が取り組んだのが「ヘルシーピープルみえ・21」だった。

「ヘルシーピープルみえ・21」は、県民が元気で健康に暮らせる地域をつくるための総合計画(2001〜10年度)である。健康福祉部はこの総合計画を検討する際、従来型のいくら予算を投入するかといったインプット方式ではないものを検討した。高齢社会の中で平均寿命という生命の量だけでなく、その質も重視しようと「健康寿命」の延長、延伸のための仕組みづくりという本質的なことを議論していった。

平均寿命の長さや健康指標などで優れていたのが長野県と熊本県だった。特に長野県では医療・福祉・保健の連携が図られ、山間地や僻地を抱えているのに平均寿命も長い。私は「長野県にできることがどうして三重県にはできないのか」と担当者にハッパをかけた。

そこで健康福祉部が実施したのがベンチマーキング。長野県と熊本県を対象に、「健康でいきいきした地域づくり」をめざし、生活習慣病予防策におけるベンチマーキングを実施した。両県とも健康づくりに関する明確なビジョンを持ち、目標設定やその進行管理を行っていた。特に長野県では昭和40年代から食生活の調査を行っており、その結果を施策に生かしていた。三重県でも各種の調査を行ってきたが、評価の面が弱いことなどがベンチマーキングを通じて明らかになってきた。

進化する計画

健康福祉部の担当者は2000年1月にはイギリスとアメリカにもベンチマーキングに行った。数値目標の達成率が高いと言われるアメリカの「Healthy People 2000」、イギリスの「Our Healthier Nation」を中心に、現地の担当者から国民の理解を得る仕組みや協働体制、州や市町村への浸透の仕組みなどを調査。イギリスでは運動習慣が生活の中に定着しており、道路や公園整備などまちづくりそのものが人優先で設計されているなど、健康づくりが生活そのもの、政策全体に浸透していることを学んできた。

私は、医療の力のみで健康になろうというのではなく、人が持つ内在する力を引き出して健康になることが必要だと考えていた。これは従来の発想とは全く異なる。ヒエラルキーの中で私が話せば、職員は取り組むが一時的なものでしかない。職員が必要性を納得することが重要であり、納得する気づきにはベンチマーキングが最も有効な手段だった。担当者は強いミッションを持ち、「知事、これはこのやり方のほうがいいですよ」と私を説得するようになった。私はこのような職員の変化を歓迎していた。

でき上がった「ヘルシーピープルみえ・21」は分野別計画に関する記述が薄く、代わりに計画の考え方や他の機関などの取り組みに比重を置いたものとなった。他の基本計画や総合計画とはタイプが異なり、「進化する計画」と銘打ったのも特徴だった。

私は日頃から「学習する、進化する組織」の必要性を強調し、「朝令暮改を恐れるな。変えることに喜びを感じるべきだ」と職員に話していた。計画というものはでき上がった途端に退化が始まる。だから、どんどん進化していくことが求められる。いまのように変化が激しい時代に10年先の取り組みを書いても実現する保障はない。それならばビジョンを明確に示し、具体的な取り組みは毎年度追加したり削除できる計画のほうが望ましい。

市町村が県を評価

「ヘルシーピープルみえ・21」では、地域重視の取り組みを強調した。県は積極的な市町村支援を行っていくが、そのためには県と市町村の信頼関係が必要になる。97年の地域保健法の施行後、相互に距離感が生じていたことから、01年度には市町村から県民局保健福祉部が評価を受ける仕組みを試行した。

まず県民局がどのように地域貢献を行っていくかというめざす姿を明らかにした上で、現状とのギャップを市町村に数値化してもらった。さらに各市町村を部長らが直接訪問し、苦情や改善提案をもらい、各保健福祉部でそれに対する回答をまとめ、年次報告書で公表した。

地方分権一括法の施行で県と市町村の関係は対等になったものの、当時は職員の心理的な抵抗は強かったはず。市町村から評価されるという周りの職員からは嫌がられるようなことも担当者は平気で企画するようになった。

健康福祉部は01年度には健康づくり推進条例の制定にも取り組んだ。5月にワーキンググループを立ち上げ、公衆衛生審議会での審議、市町村対象の説明会、パブリックコメントなどを経て、翌02年3月に条例は議会で可決された。国でも健康増進法が審議されていたが、その成立よりも4か月早かった。

全国初の条例ということよりも、職員が自ら条例の必要性を認識し、立法化を図った意義のほうが大きかったと思っている。

道路整備や農業も「健康政策」

私は健康政策こそ、総合行政の最たるものを展開できる可能性があると考えている。たとえば医療費の増大が問題となっているが、そもそも子どものうちから健康づくりや予防医療に努めれば、病気になる人を減らすことができ、結果的に医療費も抑えることができる。

そのためには国の各省ではなく、地域の暮らしのありようからすべてを見直さなければならない。健康に暮らすには学校教育はもちろんのこと、道路や施設はバリアフリーにすべきだし、安全な食べ物をつくる農業も重要になる。医療と福祉も連携を促進しなければいけない。これらを、生活者起点で総合的に取り組む。つまり、健康政策は総合行政の最たるものにしていく必要がある。

現実的には厚生労働省を頂点としたヒエラルキーとタテ割り行政がいまだ支配的な分野でもある。制度のカベは厚いが、ベンチマーキングや経営品質賞の考え方を学んだ職員は総合行政の必要性を実感し、志向するベクトルが身に付いてきたと感じた。

(構成/本誌・千葉茂明)

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