月刊 「ガバナンス」  - 分権オピニオン -

04年06月号 地方分権シンカ論12
ワンフロア化で、知識の共有化を促進

東京事務所とともに、三重県のオフィス改革の先鞭をつけたのが生活部だ。1998年に新設された生活部では翌年からオフサイトミーティングを実施、2000年4月には部の一体感を高めるためワンフロア化・フリーアドレスを導入した。物理的な壁を取り払うことは、県庁の組織風土を変え、職員の心理的な壁を低くすることにもつながっている。

“寄せ集め”の生活部

生活部は1998年4月に、生活文化部・環境安全部・商工労働部・教育委員会などに属していた部署が、「生活者」を視点に再編統合してできた新しい部だった。

私は当初、生活部は何もしないで放っておくとなくなる恐れもあると感じた。なぜかと言うと、たとえば県土整備部が国土交通省と関連が深いように、ほとんどの部は善し悪しは別にして、それぞれ省庁と密接な結びつきがあった。県の組織は、地方分権が進んでいるとはいえ、過渡期においては国の補助金や法律との結びつきが強い。それが庁内における力関係にも影響していたからである。

一方、生活部が所管しているのは人権問題やNPO、男女共同参画など、他の部に比べると国との関わりが薄いセクションばかり。しかも他の部に収まりきれない課室が寄せ集められた感が拭えず、どうしても存在感が薄くなりがちだった。

しかし私は、国との関係が薄い生活部こそが、新しい価値創造を行える部だと非常に期待していた。だからこそ「自己決定・自己責任の習慣が身につかなければ生活部なんて存続するわけがない。そうならないために、自分たちでやり方を考えたらどうだ」と職員に盛んにハッパをかけた。

オフサイトミーティングから生まれたワンフロア化

部が設置された翌年、一体感の醸成を図るために生活部が導入したのが「オフサイトミーティング」だった。これは「気楽にまじめな話をする場」のことで、立場や肩書きをはずして自分の言葉で話すもの。最初は自己紹介から行い、本音で話し合う中から「部は何のためにあるのか」という不満が顕在化してきた。

そして部課長によるオフサイトミーティングで、「生活部のあり方やビジョン」と、「それを実現するためのワンフロア化」などを若手職員によるワーキンググループで考えてもらうことが決まった。

当時の生活部長が、「自分が責任を取るから若い職員にやらせてみよう」と次長や課長クラスを説得したことがポイントになった。部長のこの姿勢によって、若い職員は自由に発想することができた。

つまり生活部の改革は、若手職員の発想もさることながら、それを促し、引き出した部長の存在が大きかった。部長の意識改革が進んでいたからこそ実現できたとも言える。

ナレッジ・マネジメントを重視

ワーキンググループではワンフロア化に向け、課の間仕切りをなくすほか、部長・次長の個室の廃止、ミーティングスペース、座席を固定化しないフリーアドレス、次長や課長席のワンテーブル化、OAフロア化などが検討された。若手職員がワンフロア化を純粋に追求して導いた案だったが、従来の仕事のやり方や県庁のパラダイムを大きく転換することにつながることから当然のごとく賛否両論があった。

特に役職者にとっては、窓側の席がヒエラルキーの象徴であり、ワンテーブルに集約されることに対する心理的な抵抗感が根強くあった。

若手のメンバーも悩んでいることが私のところにも伝わってきた。00年2月にワーキンググループのメンバーによる中間案のプレゼンテーションが行われたとき、私は「これは改善ではなく革命だ。前例のないチャレンジであって失敗するかもしれない。けれども自分が責任を取るから一緒にやり遂げよう」と一人ひとりに声をかけて励ました。

この日を境にワンフロア化の流れが加速し、3月末には一気にワンフロア化が実現することになった。

生活部では、ワンフロア化を図ると同時に、課益優先ではなく、職員個々が持つ情報や知識を共有しようと「ナレッジ・マネジメント」(知識の共有化)を重視するようになった。個人ホームページを開設したり、部長が仕事に関することを部内の全職員にメールを発信することなどで、部のミッション(使命)共有化を図っていった。

個々の職員が紙ベースで持っている情報は暗黙値だが、これをイントラネットに載せることで形式値になる。形式値による情報の共有化が図られ、職員のエンパワーメントが進むような組織体にしていくことが必要だと考えている。

管財営繕課も戦略的思考に

東京事務所や生活部がファシリティマネジメント(FM)、オフィス改革に取り組みはじめたところ、管財営繕課でも本庁舎の全体のあり方を戦略的に考え始めた。その結果、行き着いたのが免震工法だった。

本庁舎は1964年に建築されたもので、耐震上の問題が生じていた。本来ならば建て替える必要があったが、免震工法を採用することで、大幅に経費を抑制することができた。

管財営繕課はどちらかと言うと受け身の職場だった。そうではなく、経営戦略の中心であることを自覚した職員を見て私は、「管財営繕課は年間100億円ぐらい浮かすことができる。財政や人事より上だ」と盛んに言った。彼らは目の色が変わり、私のところにもどんどん報告や相談に来るようになった。彼らの頑張りは非常に嬉しかった。

職員に抵抗があっても、機能体として県庁をとらえ、いかに県民サービスを高めるかを最優先に考えるべきだと思っている。予定調和や前例踏襲ではなく、新しい価値をつくり上げるという強い意志がなければ、課の間仕切りを廃止するようなことはできない。

「形」を変えることは非常に困難が伴う。なぜならば、現状に何の不都合があるのか、と考える層のほうが圧倒的に多いからである。しかし、一つでも実現すると波及効果が出てくる。生活部に続いて、教育委員会事務局、環境部にワンフロア化は広がり、02年4月には本庁機関のすべてと地域機関に導入されることになった。

時代の変化によって自治体のオフィス空間を変化させていくのは当然のこと。三重県の改革が100%正しかったとは言えない。しかし問題が生じたら直せばよい。私はむしろ戦後50年間、何も変えなかったことのほうを問題にしたい。生活部のワンフロア化は、職員の「思い込み」に揺らぎを与え、良循環を促したことは言えると思う。

(構成/本誌・千葉茂明)

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