月刊 「ガバナンス」  - 分権オピニオン -

04年01月号 地方分権シンカ論7
補助金の全廃で尊厳ある自治体に

国と地方の税財政を見直す「三位一体改革」が2004年度から動き出す。国・与党は今後3年間で4兆円の補助金削減を行う目標を掲げているが、先行きはまだ不透明だ。焦点となっている補助金の何が問題で、三重県ではどのように改革に取り組んだのか――。

地方からの提言はエポックメーキング

いわゆる三位一体改革については、「骨太の方針」第3弾で、今後3年間で概ね4兆円の国庫補助負担金の廃止・縮減を行うとの目標が設定された。私は、新たなことを成し遂げるには、大きな「揺らぎ」が必要だと考えており、2000年4月の地方分権一括法の施行以降、地方分権を進めるには権限と財源の移譲が不可欠であり、三位一体改革が浮上したこと自体は評価している。問題は、この改革をどのように具体的なスケジュールにのせ、実際に動かしていくかです。そのスピードや規模は甚だ心許ないし、不満もある。

先の統一地方選において、私は、財源・期限・数値を明らかにしたマニフェストを示して選挙に臨むよう候補者に呼びかけた。ところが、何人かの候補者から「財源を国に握られているため、マニフェストを書けない」と言われた。確かにその通りです。

そこで、マニフェストを掲げた知事らが集まって、「歳入の自治なき自治はない」といったことを議論したところ、21世紀臨調に参加する6人の知事が、思い切って地方から補助金削減を提言しようということになった。具体的な根拠を示すために、464件、11兆4,269億円(国予算ベース)の国庫補助負担金を調査し、2003年8月、そのうちの約8割に当たる8兆9,214億円は廃止して地方が実施すべき、と提言した。

これまで地方は、国に逆らうと、何らかの意趣返しがあることを恐れ、ややもすると長いものに巻かれる傾向があった。その意味で、地方の側から補助金の返上を提言したことは、時代を画するエポックメーキングな出来事だったと思う。その後、政令指定都市の市長や有志の市町村長が立ち上がり、相次いで提言が出され、また一歩前進したと思っている。

補助金の全廃を柱に

それらと相俟って、小泉首相から来年度予算案で「補助金削減1兆円」という指示が出て、各省庁が慌てふためき、いくつかの削減案を出してきた。しかし、補助金削減は首相や地方に言われて仕方なく行うのではなく、地方分権の推進を前提に断固やるという姿勢がなければいけない。まだまだ省益優先が透けて見えるのは不満です。

もちろん国だけが悪いのではない。地方も補助金体質にどっぷり浸かり、国への陳情や補助金獲得にウエイトを置いていたことなど反省すべき点はある。

私は、3年間で4兆円規模の補助金削減ではなく、原則的に補助金全廃を柱に据え、そのうえで税財源の移譲・交付税改革の方向性を議論すべきだと考えている。全体枠を先に定め、その実現に向けたスケジュールを示し、断固行うべきです。

三位一体改革は、国のかたちが変わる大変革です。これまでのように補助金という制度に基づき互いにもたれ合っていては、地方自治体にイノベーションが起きるわけはない。予定調和の中でうまくやっていくことばかりを考えれば、政策立案や政策の検証は起こり得ようがない。尊厳のある、自己決定・自己責任のシステムを創り上げなければ地方分権なんてあり得ない。国と地方はいま、「緊張感のあるパートナーシップ」の関係を結ぶ絶好のチャンスだと思う。いまこそ地方は立ち上がるべきです

「公的関与の判断基準」で県の権限範囲を設定

国と県・市町村の関係と同様に、県と市町村や各種団体の間にも、補助金をめぐってゆがんだ構図がある。

三重県では、行政システム改革において「住民満足度の向上」を改革理念に、「分権・自立」「公開・参画」「簡素・効率」の三つをキーワードに21項目の取組みを提示したが、その際、「分権・自立」で責任を持って行動できるようにするため、県の権限範囲を定めようと考えた。そこで、行財政改革の先進国であるカナダを視察したうえで、三重県独自の「公的関与の判断基準」を設けて、民間部門と公共部門の役割分担を明確に示したのです。

判断基準は「市場において受益者から費用回収することができない公共財か」「社会的必要性があるにもかかわらず、資金やリスクが大きく民間では負担しきれないものか」など五つあり、それに基づいて、当時約3300あった事務事業を全部チェックした。その結果、総務部(当時)は275本の事業は見直しすべきと考えたが、他の事業部との意思統一を図る前に、県議会の行政改革調査特別委員会に見直し案を提出したのです。

情報公開が補助金削減のカギ

議場では、総務部と土木部が補助金の扱いをめぐり意見が対立したが、議員を巻き込んで活発な議論が行われ、結果的に202件、予算額として約35億円の事務事業が廃止されることになった。実は廃止となった事業の多くは補助金がらみのものだった。県の補助金をめぐっては不透明な噂がつきまといがちだが、その後なくなった。判断基準は大きな影響力があったと思う。

担当の総務部長と事業部の部長が議員の前で全く異なる意見を戦わせることは、庁内意見不一致です。ということは知事の基本姿勢が疑われることもあり得たわけだが、私はこのような重要な問題はオープンな場で十分議論して決めていこうと考えた。意思形成過程段階のものを、マスコミも傍聴する中で議員の皆さんと徹底的に議論して決めることは、当時としては画期的な手法だったと思う。

国がなかなか補助金を手放さないように、県でも補助金を削減・縮減するのは非常に難しい。なぜ三重県でできたかといえば、情報公開です。もし、情報非公開の中で、根回しでやろうとしたらとてもできなかったはず。情報公開はすごい力を持っていることを、改めてあのとき我々は学んだのです。

「公的関与の判断基準」によって補助金の総額は減ったが、もちろん必要な補助金は残した。残った補助金も、より効率的に行うため競争原理を導入したり、プロポーザル方式にして第三者評価を入れる、あるいは補助金ではなくソフト事業でサポートするなど、議論してどんどん変えていった。必要な補助金についても十分に説明責任を果たせるように努力してきたのです。

(構成/本誌・千葉茂明)

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