月刊 「ガバナンス」  - 分権オピニオン -

03年12月号 地方分権シンカ論6
協働によって新しいガバナンスを

県民やNPOとの協働をいかに進めるべきか。三重県では全国に先がけてNPO担当を設置、昨年からは「e-デモクラシー」という電子会議室もスタートした。県民・NPOとの協働は何をもたらし、職員の仕事ぶりをどのように変えるのか――。

NPOと情報公開は不即不離

県民やNPOとの協働、あるいは新しい民主主義をつくるにあたって、行政側からみた最大のキーワードは情報公開です。実は、NPOは情報公開と不即不離の関係にある。情報公開条例ができ、情報公開法が施行されたからこそ、NPO活動は一気に盛んになり、世間の認知度も高まってきたのです。

なぜか。いままで行政は、情報非公開の文化のなかで、情報を一手に握っていた。三重県庁ならば、8,000億円以上の予算編成の権限を知事が握り、部課長が有する許認可などの権限を目当てに県民や事業者が寄ってきた。ところが情報公開すると、NPOは情報を共有し、自由な発想で自己実現をめざす。つまり官と民が対等になってくるのです。

私が知事時代に心がけたことは、県庁が一方的に施策や考えを押しつけるのではなく、県民の皆さまこそが主役であり主体だということ。県民の「皆さまを」満足させる行政は間違っている。そのときの主語は「県庁が」や「県行政が」となるからです。主権在民ならば、「県民の皆さまが」ご満足いただけるサービスを、どのように提供するかこそが行政の仕事になる。

生活者である県民と行政職員が共に力を合わせることで、1足す1が5や10になる。その大前提が情報公開であり、そこから情報提供、情報共有、情報共鳴に発展させていく。情報共有し、感動・共感ができる情報共鳴を県民の皆さまと起こすことが行政の仕事なんです。やらされ感ではなく、自分たちのまちは自分たちでつくるという意識が高まっていけば、県の職員数や予算は半分でも、倍の仕事を簡単にできるようになる。協働によってガバナンスのあり方も変わっていくと私は考えている。

その中心として期待されるのがNPOです。最初はどうしてもNPOは風変わりな人物がやっていると見られる。最初は異端なんです。だからこそ私は、小さなことから始める勇気と、それを大河にする根気が必要だと話した。これを「勇気根気論」と言って強調してきたのです。

市民の手で条例案をつくる

三重県では97年秋に、新しい総合計画「三重のくにづくり宣言」を策定したが、その理念は「開かれた三重を共につくる」とされ、「私たちすべてが、自ら考え、自ら取り組みながら、共に開かれた三重をつくりあげていきましょう」と呼びかけた。この理念から税を使うタックスイーターではなく、税を納めるタックスペイヤーとパートナーシップを組んでいく方向にシフトしていき、生活者起点になっていったのです。

97年4月、三重県では当時としては県で初めて「NPO担当」を設置した(その後NPO室→NPOチーム)。担当者は当初、NPOのことを全く知らなかったが、直接NPOから話を聞いて回ることで成長していった。当時、県のパートナーとしては市町村というイメージがものすごく強かったが、私は直接県民と接触することで、その壁を越えようという気持ちもあったのです。

98年3月にNPO法が成立し、4月にはNPO条例案を検討するためNPOや有識者による「みえNPO研究会」を設置した。この第1回研究会には300人以上が参加し、活発に議論が行われた。私も聴衆の一人として参加したが、みんなで考えようという姿勢や熱意は圧巻で、非常に感動しました。

それまで条例案なんて役所の人間が秘密裏につくるもの、と県民は思っていたはずです。公開の場で議論したことは、その後の行政のあり方をも大きく変えたと思う。条例の他にも「みえパートナーシップ宣言」、市民による事業評価システムなど活動が一気に活発化してきた。これらは市民活動をサポートしたNPO室の成果だと思っています。

By The People

行政とNPOとの協働が発展していけば、極端に言えば県庁はペーパーレス、オフィスレスになるかもしれない。そして、自分たちのまちは自分たちでつくるという姿勢が成熟していけば、現在の国―県―市町村の3層構造は壊れ、基礎的自治体と国になっていくだろう。

そのときの基礎的自治体の職員は、住民と情報共有し、情報共鳴を起こすことが求められる。これまでのような国から補助金を引き出すのではなく、住民の自立を促すような仕事をすべきです。その意味で、この夏から秋にかけて、21世紀臨調に参加する知事や市長が補助金削減について提言していることに、私は本当に感慨をおぼえる。

地方自治は民主主義の学校だといわれて50数年になるが、ほとんど何も変わってこなかった。いまこそ変える絶好のタイミングです。それも「For The People」(市民のために)ではなく、「By The People」(市民とともに)で変えていくべきです。「For The People」では、行政のおごりでしかない。

「広聴」で対等協力の関係

情報公開・情報共有といっても、まだまだ過渡期で、たとえばパブリックコメントをしても県民からの意見提出は少ないのが現状です。

それには一定程度の時間を要する。そのため三重県では98年の機構改革の時、それまでの広報課を「政策広聴広報課」(現・広聴広報チーム)に変えたんです。まず県民からの声を聴くための「広聴」がある。そして「広報」する。このことは、一方的に県から広報するという上下主従の関係から、対等協力の関係になることを意味している。

それまで県は、資源をどれだけ使ったのかというインプット情報を伝えるだけだった。そうではなく、成果であるアウトカム情報まで伝え、徹底的にコラボレーションしようということの決意なんです。

県民との直接対話では「e-デモクラシー」(インターネットを活用した電子会議室)を2002年5月から始めた。参加者はまだ限られ十分機能しているとは思わないが、進行役のエディターが一所懸命にやっていて、公園づくりの話などを進めていた。今後、何か大きなイベントやアクシデントが起こった時には、威力を発揮するのではないかと思っている。

「e-デモ」も自分たちのまちのことは自分たちでやろうと意識化させる最初の揺らぎ、つまり「北京の蝶々」を羽ばたかせるきっかけなんです。「勇気根気論」でやっていけば、いずれ大きな成果をもたらすと確信している。

(構成/本誌・千葉茂明)

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