月刊 「ガバナンス」  - 分権オピニオン -

03年9月号 地方分権シンカ論3
ビジョンを断固やり抜くことが首長の役割

三重県の改革のキーコンセプトは「生活者起点」。「生活者起点の行政」を北川氏は徹底的に貫き、その基本理念(ビジョン)を職員が共有し、具体的な政策や施策を展開してきた。首長のビジョンとその共有化はいかにあるべきなのか――。

非連続の中で新たな価値を創造

首長のビジョンは、いかにあるべきか。

経済が右肩上がりの時代には、前例踏襲あるいは延長線上で改善していくことはあってもよい。しかし社会の仕組みやルールが劇的に変わる時代では、非連続の中で新しい価値を生み出す作業がものすごく求められていると私は認識している。

右肩上がりのパラダイムの中で人々は横並びを尊び、異端を排除するような文化を醸成してきた。それでは現在の閉塞状態を打開できないし、むしろその思考こそが閉塞感の源なんです。新しい価値を生み出すには、新たなことに取り組むことを尊ぶ雰囲気をつくり出さなければいけない。役人は制度を守るのが仕事であり、非連続の改革ができるのは、選挙で選ばれた人間、県であれば知事です。

最大多数の最大幸福をめざし、トップリーダーである知事が明確にビジョンを描き、そのビジョンに基づいて、戦略を立て、マネージメントできるシステムを私は三重県に入れたかったのです。

生活者起点は行政の「革命」

私は衆議院議員時代から、「生活者重視」「生活者優先」という発想には到達しており、知事就任後、これを理念に実行しようと思っていた。

ところが、言葉のもつ意味に何か違和感を感じていた。職員との対話を重ねる中で、職員から「生活者起点」という言葉が出てきて、「これだ」と思った。主権在民だから、県民が主体です。県民を満足させる行政は間違っている。なぜか。「県民を」となると、その主語は「行政」であり、「県行政が、県民を満足させる」となれば、まさに官主導の発想だからです。「主役である県民の皆様が満足いただけるサービスをどう提供するか」が県行政の役割であり、県行政が主役では決してない。生活者起点という言葉が出たときに、生活者重視や生活者優先は、どこかに官主導の考えが残っており、そこに違和感があったことに気がついたのです。

職員との対話の中から、生活者起点という言葉にたどりついたが、実は、その対話のプロセス自体に学習効果があったと思っている。職員が自ら生み出した言葉だからです。

生活者起点は、換言すれば県民とのコラボレーション(協働)です。そして「生活者」には二つの意味がある。一つは客体として、負担をしているわけであり、行政側から受益を受ける存在。行政は負担に対して最大限の効果、受益を生活者に提供しなければいけない。もう一つ積極的な意味で、生活者こそが地域や行政における主役であり、自分たちが参加して、つくり上げていく。この二つの意味を込めて生活者という言葉を使ったのです。だから「生活者」の積極的な意味では、統治客体ではなく、統治主体です。自分たちが自分たちのまちをつくっていく、そうしないと衆愚政治になってしまう、ということを言いたいわけです。

生活者起点は、従来の「行政が」「職員が」という発想を、「生活者が」と180度変えていくことにつながる。生活者起点は従来とは全く発想が異なる非連続なものです。これこそが改革であり革命なのです。

「率先実行」でサクセスストーリー

私が知事に就任して3か月後の95年7月から「サービス」「わかりやすさ」「やる気」「改革」をキャッチフレーズとする「さわやか運動」が始まった。この運動では4000件を超える職員からの提案が集まってきた。

職員からの提案を基に多くの改善が図られたが、それでも全体としてはどうしても「やらされ感」があった。職員労組が98年8月に実施したアンケート調査では、行政システム改革に職員の考えが十分に反映されていないと67%が回答し、事務事業評価システムについても「評価しない」という否定的な回答が多かった。

私自身はトップダウンという意識は全くなく、だからこそ無制限の対話を重ねてきた。しかし、従来の前例主義を変えることは、職員にとって相当つらいことで、なかなか「やらされ感」から脱皮できなかった。

そこで98年からの行政システム改革のバージョンアップでは「率先実行」(みんなで、みずから、みなおす、三重づくり)を掲げたのです。率先実行で職員に数多くのサクセスストーリーをつくってもらう。内発的改革にウェイトを置いた方がいいと判断し、プロジェクトチームの設置も促したのです。テーマごとに参加者を公募し、率先実行し、成果を出す。そしてその成果を三役が時間をかけて聞くわけです。そこにはヒエラルキーもない。今までの県庁はこんなものかという諦めや思い込みを、「こんなことも新たにできるんだ」いう方向に県庁文化を変えていくのに、これは絶大な効果があった。

首長のビジョンを職員が共有するには、首長はじめトップ層が職員の内発的な取り組みを認めなければいけない。いままでは得てして「うまくやっておけよ」など曖昧な形で責任から逃げてきた。トップリーダーのビジョンは「断固そうあるべきだ」と徹底すべきです。そしてそれを決めるのは県民です。県民から選ばれた知事(首長)だからこそ、志が高い。だからこそ効力があるという緊張感のある関係が必要です。ビジョンを断固やり抜くことがトップリーダーの率先実行だと私は思います。

県庁に何羽もの「北京の蝶々」を

複雑系やカオス理論で「北京で蝶々が羽ばたくとニューヨークでハリケーンが起こる」ことがたとえ話でよく語られる。これのいわば県庁版をめざした。小さなゆらぎを与え、1羽のきれいな蝶々を羽ばたかせる。1羽が2羽に、2羽が4羽に、4羽が8羽にと増え、県庁に暴風を起こそうと考えたのです。

内発的に気がつき、問題を発見し、解決するときれいな蝶々が羽ばたく。そのことで職員はエンパワーメントされていく。新たな政策はそのようなシステムから生まれてくると私は信じていた。全国初の法定外目的税の産業廃棄物税の導入や芦浜原発の白紙撤回も、そういうシステムがあったからこそできたと思っている。

「県民満足なくして職員満足なし」という視点も生活者起点からきている。これは本来、当たり前の話です。ところが役人にとっては「文化大革命」に等しいものだった。この考えを全国に広めない限り、役人が尊敬されるわけはないと私は思っている。

(構成/本誌・千葉茂明)

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