月刊 「ガバナンス」  - 分権オピニオン -

03年7月号 地方分権シンカ論1
緊張感のあるパートナーシップ

2期8年で三重県知事を退任し、早稲田大学大学院教授に転じた北川正恭氏。知事時代に三重県を自治体改革のトップランナーに押し上げた北川氏はいま、別の立場から地方分権のリーダーとして精力的に発言している。地方分権はどこまで進化・深化したのか。そしてこれから真価が問われる地方分権の姿を北川氏に語ってもらう連載の第1回は、知事(首長)と職員・議会との関係から――。

目的達成型の知事

私は8年前に知事選に出る際、従来の利害調整型ではなく、目的達成型の知事になろうと決意した。それができなければ辞めてもいいというくらいの思いで知事に就任したのです。今回の統一選で当選された首長や議員の皆さんも、有権者の方々と約束されたことを断固やり抜くという強い意思で実現に向けて取り組んでほしい。

しかし、有権者との約束を本当に守るためには、選挙で掲げる公約の中に「苦い薬」も入れないといけない。なぜならどこの自治体でも財政が厳しく、「あれもこれも」はできない。「あれかこれか」を選択する時代だからです。新たな政策を打ち出そうと思えば、既存事業から何かを削らなければいけない。その削る事業も有権者と約束しなければいけない。それこそが主権在民です。有権者との約束である公約を役所の職員も忠実に実行する。それが民主主義です。

確実に公約を実現するために、期限つき、財源つき、数値目標つきのマニフェスト(政策綱領)を提唱し、工程表にのせて進めようと呼びかけているのです。新たに首長をめざす方はぜひマニフェストを作成してほしいし、システムとしてマニフェストが定着するよう私も努力していきたい。

私が知事に就任した際、職員から「黒船襲来」あるいは「異質なトップ」と言われた。私は民間から知事になったが、私を異質と感じたのは、まさに「官主主義」にどっぷり浸かってきたからです。県民から見れば、実は職員のほうが異質なことに気がつかなければいけない。

職員との関係では二種類あると考えた。一つは、職員と対立してもトップダウンでやりきる方法。もう一つは職員が納得し協調して行う方法です。行政効率を考え、私は後者を選んだ。だが協調するとしても、なれ合いやお手盛りであってはならない。サービスの受け手の側に立ち、どのように協調するかを職員と話し合った。私が8年間で職員と対話した時間は1万2000時間を超えました。

ダイアローグと情報公開

議論することを英語でどう表現するのかも議論した。ディベートかコンバセーションかディスカッションかフリートークかと。私はダイアローグ(対話)だと言った。ダイアローグはお互いの違いを理解し、納得した上で進めること。このダイアローグを県政運営の一つの基本にして改革を進めてきたのです。

就任後すぐにカラ出張や官官接待問題が明らかになった。県民の怒りはすさまじく、マスコミには連日叩かれた。そこで私は「このピンチをチャンスに切り換えよう」と提唱した。職員は何度も議論し、3か月後に代表の部長が、「3点セットでやります」と私のところに報告に来た。一つは処分を受ける、二つ目が不適正執行分は職員が返済する、三つ目は事務改善策を進める、というものだった。このように職員が自ら内発的に決意してくれたことは、非常にうれしいことでした。

私は、行政改革のキーワードは情報公開だと考えている。主権者は誰か。県ならば県民です。サービスの受け手に立った行政、つまり主権者である県民の皆様に納得いただき、満足いただける行政をめざした。そのときに、自分たちがやってきたことに自信があるならば情報をオープンにしたらいい。都合が悪いから隠すのではなく、転ばぬ先の杖をついたほうが、よほど効率的だということです。

物が不足している時代は圧倒的に生産者が強かった。ところがいまは物が充足し、生産者よりも消費者のほうが強い。行政もまったく同じことです。かつては道を造ることや、校舎をコンクリート製にする要望が強かった。ところがいまは道路を造るよりも自然を残せ、あるいは古い校舎こそ文化の象徴だから残せ、という意見が住民から出る。行政はその声に耳を傾けなければいけない。すなわち、県民の皆さんの思いに応じて行政は変わっていかなければいけない。そういう哲学論や本質をめぐってずいぶん議論しました。

そのような議論は実は、地方自治体ではタブー視されていた。それは国が行うことと考えていた。しかし、私は「国が脳で、自治体は国の指示に従って手足を動かすだけに甘んじてたら、地方の時代なんて一体いつ来るんだ」と繰り返し話したのです。

真の車の両輪に

議会との関係でも緊張感のあるパートナーシップをめざした。たとえば部長はそれまで「善処します」「前向きに検討します」などとかわすのが名答弁と言われたが、それは全く間違っていると部長会議で何回も言った。

そうしたなか、2000年4月に地方分権一括法が施行され、機関委任事務がなくなった。従来、政策的な議員提案条例が少なかったのは、官優先の思想がものすごくあったからです。執行部も議会から条例案が出ることは自分たちの敗北とさえ思っていた。

三重県議会はそれではだめだと、議会は非常に活発になった。まず質問内容が変わった。いわゆる利益誘導型から、あそこの予算はムダだ、あの組織は人が余っている、という監視型に変わった。指摘は執行部に対して厳しい。しかしそれを多とすることが、私は大切だと思う。するといつのまにか政策的な議員提案条例が増え、真の意味で車の両輪が動き始めたのです。

人事や人材で内発的改革

私は「生活者起点」というコンセプトを掲げ、この鏡に照らし合わせて、事業や予算を決めてきた。そして情報をオープンにして、議員の皆さんのご意見が正しければそれを採択する。逆にどうしても執行部の案がだめならば知事の不信任案を出せばいい。内容が不十分ならば執行部が出した予算案や議案を否決すればいい。議会からの批判は厳しかったが、それを恐れていてはだめだと思う。

また、議会事務局や監査委員事務局の人事では特に意を用いた。議会事務局では衆議院や参議院の法制局に職員を派遣したりして力をつけてきた。段々と職員もうるさくなってきた。それが緊張感のあるパートナーシップを前へ進めていった。

このような人事が実は知事のマネージメント能力だと思う。マスコミに取り上げられるような目立った政策や事業は私にとっては大したことではない。人事配置や人材の発掘、あるいは人材を磨き上げることに力を注いだ。なぜならそのことによって内発的に改革が進むと考えたからです。

(構成/本誌・千葉茂明)

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